2017年07月10日

日本人は日本人に冷たい論

どこかでこんな記事を読んだ気がする。
その記事自体は、なんかとりとめがなくて何を
言いたいのかよくわからない記事だったが、その記事が
言いたいことは何となく理解できた気がする。

基本的に私は日本人とつるむことは、ほとんどない。
周りに日本人がいないし、別に「日本人」と繋がる必要性
を特に感じないからだ。これは、別にドイツに来てからでも
何でもない。割とずっとそうだった。

それでも日本語で発したいことがあるからこそ、
ツイッターやブログをやっているわけで。で、このブログも
ツイッターもどんだけの人が見ているか?と言われると
たいした数でもないと思う。いちいち数字確認してないので
分からないが、基本的には自分の中にたまったものを
アウトプットしたいという欲求のもとに行っている。

日本語で発すれば日本人の目に留まるのは当然で、
日本人に批判も受ける。で、気づいた。日本人は、
日本人に対して厳しいということの意味を。

これは恐らく私たちの文化に根付くもので、それぞれの
日本人の心の中には、こうあるべき像がそれぞれあって、
自分のそのあるべきに外れていると批判したくなる病だ。
違うと思えば思うほど、更にそれに触れたくなり、執拗になる病。

私たちごときのこんな小さなブログや、ツイッターの
つぶやきがもし誰かの目に触れて、お!って思って
他にも生き方あるんだなって思ってくれたら、
これ幸いだし、人生なんて自分で行う決断の連続なんだから、
誰のせいにも出来ない。

誰かがこういう風に思うかもしれないから言わない
とかなったら、それこそ本末転倒。

賛否両論は大いに結構だが、いろんな考え方があって
人生にもいろんなステージがあって、その人の過去の
経験や人生観なども反映するわけで。

人生チャレンジあってなんぼ。
ちょっと外に出てみるなんて別に人生のほんの
一部に過ぎないわけで。先駆者がどう言おうが、
自分の目でしっかり見て体験して決めるというのは
何に置いても大事だなと思う次第。もちろん先駆者は
経験を元にしているのでアドバイスの意味はあると思う。
ただジャンプする前に、あまりに人の意見や感想を
聞きすぎるのは、病気の時にネットで検索しすぎて苦しく
なるのと同じで。

なんでも安全パイを望む日本人の「準備したい」
気持ちは分かるけど、そういうの事前に聞けば
聞くほどハードル高くなるかもよ、と思った次第。

あ、私のブログの存在意義に反しちゃったかも(笑)。
ま、先輩の言うことは右から左に流して、とりあえず
やりたいことやって生きていきましょーってことです。
posted by Logray at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 5-5. フランクフルト生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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